サン・ジョヴァンニ門 1262年建造
町の表玄関 この辺りが町の発祥の地
門をくぐるとチステルナ広場 広場の中央には13世紀以来の井戸がある。丘の上の町には地下貯水池が必要だった。現在は使われていない。
美しき塔の町。聖ジミニャーノの聖遺物がこの町にもたらされたのが4世紀。その後、巡礼者が集まるようになった。その後、フランク族の支配される時期もあったが1150頃、市民たちが自治都市を結成。その後、手工業、金融業、農業が発展。(とくにサフランは品質がよく遠くまで販路がのびた)13世紀には城壁が拡張された。14~15世紀、コムーネ間の抗争に巻き込まれるがフィレンツェ側につきシエナと戦った。その後、主要街道が田舎道になって経済的発展はとまったが政治的動乱の外に置かれた。都市貴族のステイタス・シンボルとして高い塔の建設を競い合った。東西350m南北700mに72本が乱立 現在14本 サンジョヴァンニ門が町の表玄関で13世紀のまま残っている。七つの塔がならぶドゥオーモ広場
が町の中心。13世紀、歯止めをかけるためコムーネが法令で禁じた(ロニョーザの塔51mより高い塔はない)。
ドゥオーモ広場 広場の南側にはパラッツォ・デル・ポポロ(現在は市役所)がある。1288年建造。市議会が開かれた場所。中庭に入ると数か所の壁に裁判に関連したフレスコ画が残っていて興味深い。