プーリア州州都 南イタリアの宿命です、この町もギリシアの植民都市に始まり、ローマ、ランゴバルド、ビザンチン帝国、ノルマン、と目まぐるしく支配者が交替しました。

ローマ時代から聖地エルサレムに通ずる道にあることから、この町の存在はキリスト教徒にとっても、また、アドリア海をめぐる海運の拠点としても重要な港湾都市でした。ビザンチン風のプーリア=ロマネスクの原型と言われる建物は、十字軍時代の雰囲気そのままです。東方へ向かう主要な港だったバーリは現在、一大工業都市として大きく変貌しました。

米映画『マディソン郡の橋』にバーリが登場しました。ヒロインのフランチェスカ(メリル・ストリープ)の故郷がバーリだったこと、相手役のカメラマン(イーストウッド)が以前、バーリで列車を降りて駅前のカフェに入ったことがある、という会話から2人の関係は盛り上がっていく場面、ありましたね。私マルコはバーリに数日滞在しましたが、駅前にバールを見つけられませんでした。原作は1992年で登場人物の思い出話に出てくるわけなので、ないのが当然です。一人で歩くのは危険、夜の外出は控えて!・・とさんざん聞かされてきた旧市街チッタ・ヴェッキア、予想に反してとってもいい雰囲気の町でした。マンマがお家の軒下で、バーリの名物パスタ・オレッキエッテをせっせと手作り、旅行者の向けるカメラにも笑顔を見せてくれますし、犬の散歩中の女性たちにもよく出会います。夕闇が迫ればレストランの灯りがともり、食欲を誘う香りが路地裏に漂ってきます。



聖ニコラ教会


1087年、小アジアのミラがイスラームの攻撃にさらされた時、聖ニコラウスの遺骸をバーリの船乗りが引き取り、安置した場所が聖ニコラ教会です。旧市街チッタ・ヴェッキアには狭いエリアに40の教会がありますが、この聖ニコラ教会の存在によってバーリは巡礼の地として知れ渡るようになったようです。聖ニコラウスと言えば、サンタクロース、間違っても帰国後、小さいお子さんの前でサンタさんの棺、見てきたって言わないように!(^^)!


カステル・デル・モンテは謎に包まれています


ヨーロッパ中世で最も有名な国王は誰ですか?フリードリヒ(イタリア名フェデリコ)2世と答える人は多いと思います。彼ほどエピソードの豊富な人物は滅多にいません。ドイツ(神聖ローマ帝国)・シチリア国王の彼は多くの学者を抱え「知」の探求に余念がありませんでした。「もし言葉を教えなかったら赤ん坊は何語を話始めるのか?」実験台になった赤ちゃんはどうなったでしょう? フリードリヒは彼自身「世界の驚異」と言われる知識人でした。挿絵入りの鳥類図鑑も作ったほどですから、渡り鳥の飛来地に狩り場を建設したのも不思議ではありませんが、本当の目的は謎に包まれている建造物です。広漠とした野に正八角形を組み合わせた奇妙なかたちの城を建設しました。「世俗建築の一大傑作」「天才的建築」「ゴシックの枠組みの中に東洋の王国の雰囲気を持ち忘れがたい高貴さをたたえる」などと評されます。1229~49建設 標高540m。オリーブの林、ブドウ畑の広大なパノラマがひろがります。バーリからアンドリア Nord Barese線列車とバスですぐ行くことが出来ます。フリードリヒ2世の天才的かつ独創的・芸術的興味を要約している、彼の人となりが最もよく表れたお城、行ってみましょう。